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はじめに

教育の大切さ

教育というのは、国の根幹をなす一大事です。
次世代を担う子供たちがいかに教育されるのかによって、この国が将来どこに向かっていくのか、ということが大きく変化することになるでしょう。
そして子供たちというのは、自分で教育のことを考えて、その方向性を左右することが出来る存在ではありません。
ただ、大海の波間に漂う船のように、我々大人が行う教育の波と風がどうであったのかという結果のみが反映される存在です。

すなわち、もし教育についていくことが出来なかったとしたり、結果として仕事において問題がある子供になってしまったとしたら、その責任はすべて我々大人が担わなければなりません。
子供には一切の咎がないのだ、という意識を持って置く必要があります。
こういう話をすると「教育を決めているのは政治であって、自分ではない」と思われる方も多いでしょう。

しかし、日本は民主主義国家です。
政治家は我々が選挙で選ぶ人達である、という関節民主主義制度をとっている以上、政治家の行いのすべてに責任を取る必要が我々有権者一人ひとりに存在しています。
誰一人として、教育の問題を誰かのせいにすることは出来ません。
大人は、子供に対して全面的な責任を持たなければなりません。
例えば、子供の成長を支援する仕事の一つである保育のお仕事も大事な仕事になります。

実際に多くの大人がそれぞれの教育について詳しく知っているか、というと、必ずしもそうではないでしょう。
今取られている国としての教育方針がどのようなものであるのかすら、しっかり把握していない人が多いのではないでしょうか。
そして、数年後彼らが社会に出てきた時に「この世代の子供は仕事として使えない」と嘆くのではいけません。
責任を持ち、それを自覚するためにも、今行なわれている教育を知ることが入り口となるでしょう。

教育を知る

このサイトでは、教育に関することについて全般的に紹介していきます。
もちろん、ここで紹介することが教育のすべてを網羅しているものではありません。
紹介する問題点というのも、あくまでも氷山の一角ということになるでしょう。
それでも、これをきっかけにして現在の教育というものについてぜひ考えてみてください。

まず1つ目に紹介するのは「勉強」についてです。
教育の根幹をなしていることの1つであるとされるのがこの勉強であるといえるでしょう。
日本では小学校・中学校・高校・大学・大学院と、長い間に渡ってこの勉強と付き合っていくことになります。
この過程において、多くの子供は勉強のことを好きではなくなるでしょう。

そうなってしまう背景には、やはり教育による問題点があると考えられます。
もちろん、全員がそうであるわけではありません、中には大人になっても、勉強をすることが好きなままである人もいるでしょう。
そういった人と、そうでない人との間には、どのような違いがあるのでしょうか?個人の問題では済まされないことが、ここにはあると考えられます。

勉強の指針というのは、学習指導要領というものによって概ね決定されます。
昭和の時代においては、いわゆる「詰め込み教育」というものが根幹として存在していました。
これに問題があるとして取り入れられたのが「ゆとり教育」で、さらに現在ではこのゆとり教育にも問題があったとして「脱ゆとり教育」に向けての動きが強まっています。
勉強ができることだけが、教育における目的ではないものの、大きな目的の1つであることは間違いありません。

次に紹介するのは「成長」についてです。
教育の場というのは、子供の成長を行うために必要な環境です。
子供がどのような大人へと成長していくのか、というのはこの教育による責任が非常に大きいと言えるでしょう。

この考え方は、古代中国における「性悪説」に近いものといえるかも知れません。
性悪説というのは、人間は生まれながらにして悪であり、人間として重要なことを教育によって教えて初めて、人間的に正しい存在になることが出来る、という考え方です。
このことを踏まえて、教育と子供の成長との関係について考えてみましょう。
元が素晴らしい素材であっても、塑造の仕方1つで歪んだ偶像になってしまう可能性も十分に存在しているのです。

そして次が「環境」についてです。
教育に置いて、「場」というのは非常に重要なポイントだといえるでしょう。
どんな勉強をするのか、どんな学習をするのか、ということは同時に「どこで勉強をするのか、どこで学習をするのか」ということに繋がります。
より良い教育を考えるためには、そのための環境整備についても考える必要があるでしょう。

さらに「食」についても見ていきます。
食と教育というのは、一見するとあまり関係がないように考えられがちです。
しかし、ここ十数年において、日本のみならず世界において「食育」というものの重要性が見直されるようになってきました。
健全な成長のためには、食についての教育が必要である、という考え方を持つ人が多くなっている、というのが現状です。

加えて「親」についてです。
親があって、初めて子があります。
子の成長において、親の存在というのは欠かすことが出来ないものであり、この存在次第によっては子供はいかようにも違った成長を見せることになるでしょう。
そうした中で、親側に問題がある、ということも当然ありえることです。

そして最後に「企業コラム」として、教育業界と企業参入に関することについて紹介します。
これもある種では「環境」の問題に近いと言えるでしょうか。
日本における教育の今後を担うものとして、これらの基本的なことは出来れば知っておきたいものです。